永代供養
永代供養とは、お墓の継承者がいない、ご家族で供養が続けられない場合などに、霊苑や寺院がご遺族に代わってご遺骨を永代にわたって管理・供養する供養方法です。
遍照寺沖縄市桃原霊苑かなさは民間の管理施設とは異なり、永代にわたって存続するお寺がご供養いたしますので、後継ぎがいない単身者や子供に墓守の負担をかけたくないなどでお悩みの方にも安心して供養と管理をお任せいただけます。
遍照寺ご紹介
東寺真言宗金剛山遍照寺は、
京都に総本山をおく東寺ゆかりの真言宗のお寺であり、
組踊「執心鐘入」の舞台にもなった由緒あるお寺です。
かなさには、同寺ご住職も在寺しておりますので、
手厚いご供養をいたします。
心を込めたご供養を
敷居が高いと思われがちな
お寺のイメージを取り払い、墓苑を訪れる方々に身近に感じていただけるよう、
私も苑内に在寺して皆様をお迎えいたします。
お墓についてはもちろん、
仏事やご供養についても
お気軽にご相談ください。
開かれた寺で、心を込めてご供養いたします。
住職 伊佐 海心
遍照寺略歴
琉球王朝時代の尚泰久王の統治下に鶴翁和尚(かくおうおしょう)が開山し、景泰年間(1450~57)に現在の末吉宮の場所に建立されました。元の寺号は万寿寺(まんじゅじ)といい、臨済宗寺院でしたが、康熙11年(1672)真言宗寺院に改められ、遍照寺と改名。那覇にあった頃は、末吉寺(しいしーぬてぃら)と呼ばれていました。
遍照寺は末吉宮の別当寺で、末吉宮は「末吉権現」「末吉山熊野三所大権現」とも称されました。琉球王朝時代に玉城朝薫によって大成された組踊の代表作である「執心鐘入」は、この遍照寺を舞台にしたものと言われています。沖縄戦で焼失しましたが、先代の海舟師により沖縄市に移転し現在に至ります。